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ハーブと観葉植物が好きだったんですけど・・・。

今日もちょっとカメラの事は脇に置いといて、植物栽培のお話。

私は観葉植物とハーブが好きで、春先にちょこっと買ってきては育てているのですが、冬越しがなかなか難しくて、大抵その年の冬に枯らしていたのですが、水やりと根を守るテクニックを身に付けてからは、特に観葉植物は5年、6年と育てられるようになってきました。エアプランツもすでに買って4年間、順調に育ってくれております。
ハーブの方は、最近料理をするようになった事もあって、それまでは興味半分で育てていたカレープラント等の実用性の無い品種をやめて、バジルやタイム、セージ等を育ててハーブソルト等を作ったりしております。ハーブは熱帯性の観葉植物の育て方とはちょっと違っていて、水が好きだったり乾燥好みだったり痩せ土が良かったり、個々に好む生育環境があるので、これはこれで追求のしがいがあるのが面白いところです。
 
そんなある日、ネットでケビン・コスナー主演の「ウォーターワールド」という映画(あそこでもアトラクションになっている超有名映画ですね)の冒頭で、ケビン・コスナー演じる主人公が、船の上で自分のお●っこを濾過機を通して出てきた水?を一飲みし、ついでうがいをしたその水を、何やらレモンのような実が5~6個付いた柑橘樹木の植木に与えている場面があるのですが、私はその柑橘樹木にビビビと来てしまったんですね(笑)。
陸が無いと言う映画の設定上、実のなる植物は特に貴重品扱いという感じなのですが、思わずビデオを静止して見てみると、葉が三つ葉なので三つ葉オレンジかカラタチのように見えましたが、実がまだ青いのでよく分かりませんでした。結局その実は主人公が海に潜っている間に泥ボーに盗まれて、主人公が食べる事は無かったのですが、私がビビビと来たのはその木の姿でした。
樹高は小さく50cm位でしょうか。盆栽のように太くうねった幹に小枝が茂っていて、立派な実が6個ほどもなっているのです。
さすがに映画の小道具ですので、植木の果樹は作り物だと思うのですが、実際にそのような矮小樹木に、レモンのような大きな実がいくつもなる品種があるのかググってみると、なんとそのままレモンがそんな感じで育つ事が分かりました。レモンなら近所のホームセンターでも普通に売っている果樹です。映画のように三つ葉ではありませんが、お手頃な価格で売られている事もあって実に面白そうです。
 
そんなわけで、後日ホームセンターの園芸コーナーを訪れてみると、本当に普通にありました。映画のようなサイズで6~7個レモンの実がぶら下がっている鉢植えが。

「ほんまにあるし・・・。」

と、思わず笑いが込み上げてくるのを我慢しながら、幾つかある鉢植えを物色するように見ると、何と実付きのレモン果樹は税込3千円程もします。まじっすか。
さすがに「おもしろそう・・・」という気分だけで買うには躊躇してしまうお値段なので、これはちょっと思案六歩だなと、他を見て歩くと、別の場所にもレモンの木が置いてあり、こちらも同じくらいの大きさですが実がありません。ちょっと寂しい感じがしましたが、お値段が何と780円の2割引となっています。実が無いだけでこれ程までに値段差が生じるのかと疑問に思いましたが、そんな事などお構いなしに、私はすでにその2割引を購入しておりました。ちなみにこれが私の初の果樹でございます。
 
百均で買った8号鉢に配合土を作って植え替えて、ちょっと盆栽っぽい容姿になる事を期待してひもで枝が横方向に行くように誘引し、それっぽく仕立て直した780円の2割引レモン果樹がこれです。
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どうでしょうか。この樹形で育ってくれたらかっこいいんですけどねぇ・・・。笑
取り敢えず、果樹というのは初めてなので、育て方をググりながら大事にしたいと思います。まぁ、実がなったらラッキーと言う事で。

この後、ちょっとこの手の話題が続くと思います。

結構色々と追い買いしてしまいました。

撮影を休止している間に、今持っている撮影機材で足りないなぁ…と思っていた物を結構色々と追い買いしていしまいましたので、日記なのでちょっと書いとこうと思います。
 
殆ど衝動で買ったというNikon D610ですが、以前にも申し上げた通り恥ずかしながらフルサイズのカメラに対応するレンズが15mm、50mm、90mmの単焦点が3本しかない状態でしたので、中古市場で18000円前後と、大変お求めやすい価格になっていた標準域の便利ズームであるNikonの純正24-120mmを買いました。もちろん現行品の物ではなく旧製品のF3.5-5.6 VRの方です。
現行品はF4通しでナノクリ仕様となり、お値段も中古ながら5万円を下る事がないほどに高級感と自信満々のお値段でございまして、私のような貧乏性の人間にはとても食指が伸びない商品となっております。
という訳で、今まで50mm単をフタ代わりにしていましたが、新しく24-120mmがD610のフタとなりました。
ちなみに、現行品がどんな写りで何物なのかも知りませんので、比較のしようがないのですが、私的にはこのレンズで充分な写りを提供してくれている気分になっております。
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そりゃあナノクリのF4通しの方が新しい事も手伝って素晴らしい写りをするのかも知れませんが、今の写真は殆どがスマホやパソコンで見るので、細かい所までこだわる気がないですわ。フィルム時代よりも手軽に綺麗に写りますしね。何よりも24-120mmという範囲が有難いです。24-85mmみたいなのもあったんですが、お値段を度外視してもやっぱり120mmまで引っ張れるのは便利です。長は短を兼ねると言った所でしょうか。メインのD500でもF2.8レンズを差し置いて18-300mmが一軍ズラしていますからねぇ。こだわりの撮影でもない限りは、スナップ中心なら便利ズームはやっぱり便利です。
 
もう一つが、前々から気になっていたNikon1 V1。
元々はデジスコ用に使っていたP6000の後継としてNikon1 J1を10-30mm F3.5-5.6付きで確か18000円位で購入したのですが、Nikon1ともなってくると、デジスコから外せばそれなりの撮影もこなせてしまうカメラでもありますので、結構脇差し的なカメラとして持ち歩くこともあったんですが、やはりファインダーがないのは私的には撮りにくかった。特にFT1を付けて超望遠レンズを付けたりすると、ファインダーがないJ1は、ほとんど使い物になりませんでした。で、以前から気になっていたNikon1 V1がいよいよ中古市場で1万円を切るお値打ちとなってきましたので、8000円程で購入いたしました。慣れない電子ファインダーですが、これでFT1も浮かばれると言う物ですし、ファインダー付きなので機動力も上がりました。おまけにバッテリーも一眼レフと共通なので有難いですね。という訳で、Nikon1 V1はJ1以上にデジスコに、さらに脇差しカメラとして活躍してもらう事にします。ちなみにV2やV3にしなかったのは、デジスコ用のブラケットがV1にしか対応していなかったからです。基本はデジスコ用ですから、これで充分です。
が、実はもう一点気になっていたのが、このNikon1用の10-30mmのレンズ。もちろん20mm辺りを中心にデジスコにも使用できるのですが、なんせF値が暗い。いつもISOを思いきり上げないといけませんので、デジスコで楽しい撮影ができないんですよね。で、これまた前々から気になっていた18.5mm F1.8という単焦点。これはもうデジスコ用でしょっていう位にデジスコと相性の良い単焦点レンズなんですが、とにかく高いんですよね。今も新品だと25000~30000円位で売っています。Nikon1はディスコンになりましたけど、レンズは今も高いんですよね~。(´;ω;`)
しかし、広いネットの中古市場。探せば何とかあるもので、某●天の中古出品店(某ソ●マップ)で7000円そこそこの(綺麗な?)B品がありました。少し貯まっていたポイントを使うと6千円台となりましたので、即買いしてしまいました。私のNikon1は二台ともホワイトなのですが、さすがに贅沢は言えず、ホワイトに近いシルバーだったのでこれもまたヨシとしました。
 
という訳で、フルサイズ用の標準ズームと、Nikon1 V1とその単焦点レンズを購入という事で、これでまたD610やデジスコレンズなど眠っていた機材がフィールドに復活しそうです。
この秋は撮影フィールドにひとり復活祭りをしたいな。

不幸中の幸いという事。

先日、知人からレギュラーで使っているノートパソコンに水がかかってしまい、電源が入らなくなったので見てほしい、できればデータを抜いて欲しいと頼まれ、私にどうにかできるもんかな?等と思いつつ件のノートパソコンを預かりに行った。
ノートパソコンは15inchワイドモニターのそこそこ良いやつのようだった。持ち回って家と仕事場の両方で使っているのだという…。
早速手に取って見てみると、ノートパソコンの右側が何やら水あめのようにネチネチした液体が染みつくように纏わりついているのに気が付いた。「水がかかった」と聞いていたのだが、もしかしてと思い再度聞いてみると…

「生姜の甘露煮とノートパソコンを袋に入れて移動した所、甘露煮の汁が漏れ出していて、ノートパソコンの右側に鞄の中で浸かっていた。」

というのが正確な状況だった。
聞いてたのと、全然状況が違うやんけ…。(-_-;)

よく見てみると、ノートパソコンの右側2cm位の範囲で、ねっちょりとシロップのようなお汁が纏わりついているのが確認できた。
それにしても、ノートパソコンと甘露煮を一緒の鞄に入れて運ぶとは、ガサツにもほどがある話だ。
「電源が入らない」との事だったので、とりあえず電源ボタンを押してみると、確かに電源が入らない…ように素人目には見えるだろう。しかし実際は電源は入っており、画面の表示がされていないように見えた。が、更によく見ると薄っすらと表示もされている。
つまりはPC本体内へのシロップの浸潤によって基盤に何らかの影響をし、液晶モニターのバックライトが付かなくなっている状態だった。しかしよく見ると液晶の右下に丸く液体の浸潤痕があったので、どうやら液晶ユニットがやられているのは確定的だった。
これで修理代は4~5万確定だ。
PC本体側の右側にはオーディオ端子とUSB端子があり、その手前にはDVD光学ドライブがある。光学ドライブもシロップが入り込んでいるが、ネジ一本で外れるしパソコン本体機能には影響しない。問題はUSBとオーディオ端子の部分だが、15inchノートパソコンの場合は、大抵はこの分はメイン基板とは別になっている…事が多い。つまりシロップは入り込んでいるが、これまた本体機能には影響しないと割り切ることにした(笑)。
残るご希望のデータのサルベージだが、本体が生きているようなので、ハードディスクの抜き取りを止めてPC本体の左側にあるD-Sub15の端子に別のデスクトップPCのモニターをつなげて改めてノートパソコンを起動した所、思った通りパソコンは正常に起動し、デスクトップのモニターにも表示された。マウスもキーボードも正常に動作するので、本体左側にあるUSB端子に外付けHDDを接続して難なくデータのサルベージを完了することができた。

とりあえず、頼まれた事はできたのだが、できればノートパソコンの中身がどうなっているかを見て、修理ができるものかどうかを判定してほしいと追加で頼まれてしまった…。
先述の通り液晶モニターがヤラレてしまっているので、これだけでも4~5万するよと言ったが、まだ新しパソコンなので買うより安いなら修理したいというのだ。気持ちは分からないでもなかったので、今度は預かって自宅でバラして本体内を吟味してみる事にした。
が、その前に事務所の24時間稼働させているサーバーが、電源故障でダウンしている事を思い出し、まずはサクッとこちらから直そうという事で、サーバーを机の上に出して、使い古しだったが動く電源ユニットに取り換えた。サーバーのスイッチを入れると動き出したので、アイスコーヒーでも入れながら暫く様子を見て、何事もなかったので電源を落とし、サーバーを棚に戻して再び電源を入れて復旧させた。このサーバーが動くと、自宅のメディアPCとのVPN接続も復旧するので、自宅のPCの遠隔操作や、録画したテレビ番組等も事務所で見る事ができるようになるのだ。(^^)

さて、サーバーが復旧して、事務所に活気が戻ったところで、預かってきたノートパソコンを早速バラしてみる。
本体裏面のパネルが一体になっているモデルなので、ネジを全部外してパカっと外すと、パソコンの内部が露になる。当然右側はシロップでネチネチ…だが、幸いにも当初から思っていた通り、オーディオとUSBの右側基盤はメイン基板とは別だった。
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しかし、見ての通り泡を吹く程に酸性のシロップにやられてしまっている。この基盤は丸ごと交換になるだろう。その上に見える黒いスピーカーはシロップが付いてはいるが、洗浄剤で吹けば問題はなさそうだ。メイン基板から伸びている平ケーブルは2本とも端子がシロップ浸潤でアウト。
DVD光学ドライブも当然アウトなので交換となるだろう。
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後は液晶モニター部との接合部、写真で確認できるようにべっとりとシロップが付いているが、これも洗浄剤で除去すれば大丈夫だ。本体側はUSB、オーディオ基盤と光学ドライブの交換で解決しそうである。シロップに浸かったのがパソコンの左側であったのが不幸中の幸いであったと言えるケースだ。

しかし…

一般的に液体、水没系の修理はメーカーはやりたがらない。なぜなら万一水没個所の見落としが基板上にあった場合、最悪は発煙、発火を起こす可能性があるからだ。これが単なる故障とは違うところであり厄介なところなのである。このノートパソコンも修理見積に出すと、内部部品全交換または「修理不可」で戻ってくる可能性が高い。
それでも使いたい!無駄にしたくない!という場合は、光学ドライブを交換し、基盤、スピーカー、、平ケーブルを除去して液晶モニターのユニットもヒンジから取り外してしまい本体だけの状態にして、デスクトップ用のモニターにD-Sub15端子で接続してやれば、デスクトップPCのようにはなるが、使い続ける事は可能である。

さて、どのように説明しようか…。

等と思案六歩していると、何だか焦げ臭いにおいが鼻についたので、思わず咄嗟にノートパソコンの電源を抜いてバッテリーを取り外した。
「考えてたそばから、いきなり発火かいな…。こりゃ延命も無理だな。」
等と結論を出した所で、もう一杯コーヒーを飲もうと部屋を出たところ………!!

「なんと、煙が廊下に立ち込めているではないか!!」

隣の居間にまで煙が立ち込めて、よく見ると今まで作業していた私の部屋の天井にも煙が立ち込めていたのだ!!
何だか焦げ臭かったのは、ノートパソコンではなかったのである!!

電気が漏電し、基盤が焦げる独特の臭気だったので原因は、先刻電源を取り換えたサーバーであるとすぐに分かったので、慌ててコンセントを引っこ抜いた。
幸いにも火は出ていなかったが、コンデンサーが溶けた煙の臭いは独特でクサい。換気扇を回して各部屋の窓、玄関を全開にして煙と臭気を追い出した。

煙が抜けて、臭いも落ち着いたところで、再びサーバーを机の上に引っ張り出して中身を見てみた所…。
どうやら原因はホコリで4pinコネクターの中でショートしてそのまま焦げ落ち、ショートのショックで電源内部もショートを起こし、コンデンサーが溶融して発煙に至ったようだった。
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使い古しの電源ユニットという事もあって、電源を交換したのちにしばらく様子を見ていたが、やはり数分間では結果は出ないと勉強させられた出来事だった。それにしても発煙経験はこれで2度目だが、いづれも4pinコネクターのショートが原因だった。さらに4pinコネクターがPCケース内部の金属部分に触れていて、電源ONと同時に電源がお亡くなりになってしまった事もある。4pinコネクターは、パソコンではもはや過去の遺物となりつつあるものだが、電源ユニットには今もって3つ4つ付いているのが現状だ。とかくトラブルとなりやすいイメージが昔からあるが、これで確信に変わった。接続しない4pinコネクターはカバーをするか絶縁しておくのが良い。
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発火がなかったのでサーバー本体内は軽症で済んだが、メイン基板のメモリ取り付け部の一部が焦げて溶けてしまっていたので、こんな事もあろうかと当時買っておいた予備のメイン基板(古いけど新品!)に取り換えて、電源ユニットも新調し、今は何事もなかったかのように復旧しております。
それにしてもアセりました。火事にならなくてよかった…。
これこそが、不幸中の幸いってやつですよね…。(-_-;)

今は撮影を休止しています。

何度も言っておりますが、梅雨入りから彼岸花の頃までは、私は撮影を休止しております。が、今は別の事情ができまして、撮影活動を休止しております。その証拠に、今年は花火の撮影も行けておりません・・・。今年は行けるかなぁって感じです。
 
そんな真夏日が続く中、プランターで育てていた6株のスイートバジルが育ってくれて、なんと今季三度目の収穫をする事ができました。
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ちなみにハーブの栽培は10年ほど前からちょこちょことやっていたのですが、育ててみた物の料理をするわけでもなく、ポプリにするわけでも無く、使い方も分からず、という感じだったので、育っては切って捨てて、枯れて終わり・・・を繰り返しておりました。勿体ないですねー。まぁ適当にやってるから冬越しなんてした事もないんですけどね・・・。
しかし、余りにもったいので取り敢えず乾燥させてみた所、特にバジルは結構お料理に使える事を知り、収穫したら乾燥バジルを作るというパターンにハマってしまいました。それが今回で三度目というわけです。
 
バジルは摘心と言って、苗からにゅっと伸びてきた芽が30cm程に育ったところで一旦切り戻す感じで2、3節摘むと、その両脇から二本の芽が出てきます。つまり摘心をすると収穫量が倍々式に増えてゆくという面白いハーブだったりします。
摘心をするとしないとでは、秋に枯れるまでの間に収穫できる量が断然違ってきます。が、摘心を三度ほど繰り返すと、残念な事に葉が小ぶりになってきます。これは摘心をした枝よりも太い脇枝が生えてくる事がないからですが、私の今回の収穫も写真ではわかりにくいですが、二度の摘心をして三度目の収穫ですので、葉が小ぶりになっていました。なので、今回は株をリセットするように思い切り切り戻しました。一か八かなんですが、上手くいくとまだ二度くらいは収穫できるかなと考えています。
バジルはとにかく日光と水が大好きです。これがセージやローズマリー、タイムなどの乾燥好きなハーブと違うところです。ハーブの栽培は水好きか乾燥好きか、日光好きか日陰好きかでプランターを分けた方が良いです。私の知識はまだまだ狭いですが、何となく基本はハーブは乾燥好きです。なので水好きを知っていれば良いと思います。バジル、ステビアは水好きだと思います。私はバジルとステビアには一日2~3回の水やりをしています。とにかくプランターや鉢の土を乾かさない事が大事なようです。もちろん肥やしも緩効性肥料をばらまいて、週に1~2度液肥をやっています。
あと、ナメクジの食害に遭いやすい植物ですので、プランターに植えた場合は、その直後にナメクジの誘殺剤を株の周囲に撒いておきましょう。地獄絵図を見る事になりますが1~2晩で殲ナメクジ軍団を殲滅できます。後は夜に見て、たまに来る単発のナメクジを捕殺すればOKです。あと、最大の敵はヨトウムシですね。私はまだ食害に遭った事が無いのですが夜になると地中から出てきて大量に食害するようですのであっという間に丸坊主にされてしまうようです。農薬が手軽ですがそれをやるとオーガニックにならないので、ヨトウムシも夜中の見回りで地道に捕殺するしかないです。順調に育っていたのに葉の食害跡も無く枯死した場合は、土中にカナブンの幼虫(=ネキリムシ)が大量にいる可能性があります。奴らにマリーゴールド等の忌避植物の効果はありません。この場合は土をマルッと変えてしまう対策が必要になります。ゴロゴロ出てきますからあの手の虫に弱い方は要注意です。小さな穴と糞の痕跡がある場合は、葉の裏側に糸を張った小さな芋虫が住み着いている可能性大です。大した害にはなりませんが鬱陶しい事山の如しですので、丁寧に葉裏を見て切り取るか収穫時に排除します。
ちなみに芋虫やネキリムシを捕獲した場合は、完全に殺してしまいましょう。慈悲の心を持って、生かしたまま少し離れた所に捨てても彼らは100m位の距離なら戻ってきます。特にヨトウムシは夜中に餌を求めて結構移動しますので厄介なのです。彼らの餌を求める根性とハナを侮っていると、ハーブが丸坊主にされてしまいますよ~。
 
というわけで、今回収穫したバジルですが、ジェノベーゼにしようかと思ったのですが、他の材料(松の実やニンニクなど)が皆無だったのと、そうこうするうちにしんなりしてきましたので、結局乾燥させる事にしました。
実家の強烈な西日の当たる部屋の窓際で三日間干したバジルがこれです。
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ボウルいっぱいのバジルも、水分を失うとこの程度の量になります。香りを多く残すコツは、水洗いを緩く早く終わらせる事です。バジルは水は好きですが溺死状態は嫌いなのです。水につけて放置しているとどんどん香りが飛んでしまいますので要注意です。
乾燥には電子レンジを使う方法もありますが、自然乾燥との違いはズバリ香りです。色はレンジの方が綺麗な緑なのですが、香りがだいぶ消し飛んでしまうようです。一方自然乾燥は色こそ淡くなりますが香りがダントツで残っています。ちなみに私は二度目の収穫時に梅雨時と言う事もあって電子レンジを使ったのですが、なんとキッチンペーパーから火が出た事があり、それ以来使っていません。
早くできる分、高温になり過ぎて危険な感じがしますし、香りもダントツですので、できれば天日干しをお勧めします。
天日干しを三日間ほどすると、触った感じでパリパリになります。一見完成のように見えますが、まだ水分が残っています。自然乾燥でもレンジでも、完全に水分を除去する事は難しいです。試しに4、5枚取って乳鉢で擦ってみれば分かります。湿気のせいで葉が上手く粉になってゆかないと思います。かといって四日以上天日干しすると、今度は香りが逃げてゆきますので、この状態にまでなったらとりあえず瓶に入れ、乾燥剤(百均で売っている食品用)を入れて蓋をして一週間ほど置くと完全にパリパリになります。これでやっとホールが完成です。私は少し大きめの瓶に入れて乾燥剤を2つ入れています。
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後は料理の際に手で砕くなり、乳鉢で擦って粉末にするなりして使用します。
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完全に水分が飛んでくれていますと、シャリシャリと砕けて簡単に粉末にできます。私はかなり粗めと、少し粗めと、粉末という具合になった時点で別の瓶に入れて、実際のお料理に適当に使い分けで使用しています。
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多少の手間はかかりますが、お料理にバジルをかけるだけで、平凡な料理もちょっと高級な雰囲気が漂うお料理に化けますので、一度お試ししてみてください。
あと、セージ、タイム、ローズマリー、オレガノなどの粉末をブレンドして岩塩と混ぜますと、ハーブソルトになります。これは本当に魔法の塩です。何にでも使えますので、よかったら挑戦してみてくださいな。

ダーウィンの進化論よりも納得な話。

今回はちょっとカメラ談義から離れて、地球の科学のお話を書き記したいと思います。話題はダーウィンの進化論です。早い話が人間って言うのは長い年月をかけてサルから進化して今の人間という生き物になったという、私世代の場合は小学生の理科で習ったお話です。
しかし、以前からファーブルなど、このダーウィンが提唱する進化論を否定する生物研究者がいましたが、近年になって否定する科学者や論者が俄に増えてきました。かくして「大多数の常識」として論ぜられるダーウィンの進化論肯定派と「少数の非常識者」として見られる事が多い進化論否定派が、事あるごとに意見を対立させている訳でありますが・・・。
ちなみに私的には、ダーウィンの進化論はとても科学的論理的であり、説得力は感じるものの決定打に欠ける印象があります。一方で否定派の意見は行き着く所「神の創造」とか「宇宙人の入植」とかの話になって非科学的な要素が強く、聞けば聞く程うさん臭い話になってゆくので眉唾物の域を出ません。なぜこうなってしまうのかと言うと、要するに下記の事があるからだと思います。
 
1)ダーウィンの進化論は俗に言われている進化論では無い。
進化って言うと、最初は微細なアメーバみたいな生き物から、次第に細胞分裂して小型の魚類になり、生存域を水際に移して、地上に出て・・・って言う感じで種の保存の本能から、環境に合わせるように突然変異や変化して今の生物になっていったという概念がありますが、ダーウィンは実はそんな事一切言っていません。環境に適合できなかった生物は淘汰され、適合できた生物だけが生き残り、今の地球上の生物が残っていった。つまり現在の地球上の生物は環境による淘汰から勝ち残っていった生物なのだという事です。つまり進化論と言うよりも淘汰論なんですね。突然変異というのは、ある日突然見かけが違う生き物が生まれてくる事ですが、この場合親の生物よりも退化する事が知られています。ダーウィンもその事は踏まえていたので、生物的に足し算をする形で次第に「進化」したという論は説いていません。これ、結構勘違いしている人、多いと思います。だって昔の教科書は思いっきり足し算的「進化」論で教えていましたからね。ダーウィンが説いたのは実は淘汰という生物種の引き算なんです。淘汰(引き算)されて、生き残った生物達こそが進化した結果の姿であるという論です。ここ大事だよ~(笑)。

2)現在の生物の殆どが10~20万年前に地上に現れている。
ネットの記事を引用させて戴くと、
「10万種以上の生物種のDNAと、アメリカ政府の遺伝子データバンクにある500万以上のDNAの断片を徹底的に調査した結果、人を含む9割以上の生物は、10~20万年前に出現していると言う点と、殆どの生物間に進化を示す類似点や中間種が存在しなかったという調査結果だった。」
実はこれが進化論否定派の最大の論拠となっている訳ですね。まぁタイムマシンに乗って行って見てきた訳ではないのですが、今の殆どの生物が、それぞれ独立した生物種として20万年前から地上にポっと出しているという調査結果はとてもセンセーショナルですよね。言い換えれば、恐竜を含むそれ以前に生きていた生物達の殆どは死滅し、全然違う生態慣習を持った生物が降って湧いたかの如く出現しているという話です。中間種が存在しませんので、サルはサル、ゴリラはゴリラ、ヒトはヒトです。この結果だけを踏まえると、確かに「神が地上に新しい生物を創造したもうた」とか「宇宙人が地上に新しい生物を入植させた」というぶっ飛んだ話に結び付くのも分かるような気がします。一方で、いきなり創造論を言うから宗教的、非科学的だと揶揄されてしまうのが残念なんですね。

とまぁ、こんな感じで整理すると、1)を見ても2)を見ても出だしは良いけど、最終的にはどっちも決定打に欠けたうさん臭い話に収斂してしまうのが私の印象。少なくとも体毛が無かったから毛が生えたとか言う「足し算式進化論」はダーウィンも論じていない論外の話という事になります(ここ大事)。

しかし、
ダーウィンが環境淘汰による引き算(種の絶滅)による生き残りを進化としたならば1)と2)はある意味通じる所があると思うのです。それは2)の異種生物間の「中間種が存在しない」という点です。分かり易く言うとライオンとヒョウの交雑種をレオポンと呼んでいますが、このレオポンが別の何かと交雑してより環境に適合した強い種である「ネオレオポン(仮称)」という独自種になり、ライオン、ヒョウ、レオポンは淘汰されて自然絶滅し、ネオレオポンだけが生き残って今に至るとします。そうすると中間種はレオポンです。しかしネオレオポンのDNAからは、このレオポンのDNAが見つからないと言う訳ですね。だからネオレオポンはライオンとヒョウが交雑した祖先を持たない独自種という事になる訳です。足し算進化ならネオレオポンのDNA内にレオポンもライオンもヒョウもいるはずです。しかしいない・・・と言う事は淘汰に勝ち残ってきた独自種という事になる訳です。
ここで疑問が生じます。

ではダーウィンは大元の真祖生物はなんとしたのか?

私の知る限りでは、ダーウィンはここははっきりとは言っていないように思います。バクテリアや単細胞生物が出発点だとしたら、それこそ20万年という時間では短すぎますし、何よりもそれ以前に生きていた恐竜という存在から現代の哺乳類への変化過程に無理がありすぎます。第一恐竜は小惑星の衝突で地上から死滅しているのです。人類と恐竜がクロスしていた時代があったという一説もありますが、どれを採用しても「淘汰論」「進化論」その物の理論に証左が皆無になり破綻してしまいます(恐竜から哺乳類への中間種が一切見つかっていない)=ダーウィンの進化論を否定してしまうという皮肉な結果になります。。
結局彼は現代の生物が存在する事に於ける一説を科学者として論じたのだと私は解しています。それを中途半端な近代の科学が進化論を盲信する余り、独自の味付け(足し算進化論がそれですね)をして、世に広めていった結果が「ダーウィンの進化論」なのだと私は解しています。
 
では結局、何が真実なのか?
 
そんな事私には分かりませんし、理解もできません。
しかし、21世紀の技術をして導き出された先のDNA解析の結果が正しい物だと捉えるなら、間違いなく10~20万年前に今の生物達は今と同じ姿をして地上に降って湧いた事になる訳です。これはダーウィンの進化論は通用しません。ダーウィン自身も一番の高等生物である「人間(ホモ・サピエンス)」だけは、進化論に合致しない生物であると言っています。つまり今の「人間」に進化するには時間が短すぎると言う訳ですね。確かに下等生物の場合は可能かも知れないけど知的な「文化」や「文明」を持った「人間」は、進化してきたと言うには、かなり特異な生物だと思いますし、淘汰論と照合すると、他の野生動物に較べて肉体的に余りにひ弱すぎる人間は、地球の気候変動などで知恵を使って繁栄する間もなく淘汰されて死滅していると思いますし、そうで無くとも今のような万物の霊長という地位をこの短期間では獲得し得ていないと思うのです。

なので、この手の談話で私的に一番納得できた話は・・・
「人間だけが、地球に運び込まれた生物である」
という論です。

なんだよ、結局お前も「宇宙人」論者か・・・。

と、言われても仕方ありませんね。しかし我々人類も他の星の生物から見たら「宇宙人」です。この広い宇宙に私たち人類と同じ姿見をした生物がいないという論拠はありません。むしろ「宇宙人はいる」という科学者の方が多いでしょう。地球にしか生物はいないと考える方がナンセンスだからです。(それが今も地球に来ているかは別問題)
でも、なぜ一番納得できたのかという点は書かせて頂きたい。
 
ふと周囲を見渡すと、人間だけが地球上の生物で一番特殊な姿形をしていませんか?
 
ヒトを除く全ての霊長類、哺乳類には体毛が豊富で二足歩行する生物などいません。鳥類も羽毛を持っています。
それを自然の道具として、彼らは地球の寒暖を難なく乗り越えてしまいます。優れた嗅覚も爪も力も特殊能力もあり、独自の方法で食料を調達し、生き抜く力が備わっています。水生生物も両生類も、昆虫までもが厳しい地球の環境に生き抜いてゆけるような姿、能力を備えています。つまり数多の淘汰をくぐり抜けてきたと思わせるだけの身体や能力を生まれながらにして持っている訳です。
しかし、我々人間だけが何の特殊能力も無く、服を着なければ夏は火傷で冬は凍傷を起こしてしまう身体です。地球は24時間周期であるにも拘わらず人間の体内周期は25時間です。簡単に生活が昼夜逆転したり不眠症になったりします。
ずっと直立していると気分が悪くなり、肩こりや腰痛も発症します。寝ている間もしょっちゅう寝返りをしなければうっ血してしまいます。これらは地球の重力に適合していない証拠ではないか。
そこら辺にある物を他の動物のように食べると、すぐに細菌感染して病気になったり死亡したりします。これは地球の微生物やウイルスに適応できていない証拠ではないか。
赤ん坊の生まれ方も、余りに無防備で未成熟で弱く、放って置いたら赤ん坊は何も行動を起こす事なく間違いなく死んでしまいます。これは本能的に自己防衛機能が備わっていない証拠ではないか。
更に、かなりの高確率で細胞が暴走して「癌」を発症する。そもそも地球環境が人間に合っていない証拠ではないか・・・。
ところが、なぜか地球で唯一「知恵と言葉」というインテリジェンスな能力だけが漠然とあるんですね。しかしその能力が発揮されるのも生後数年してからです。これらを考えると、この地球上で「淘汰」をくぐり抜けてきた生物とはほど遠い存在である気がするのは私だけでしょうか?

そこから類推すると、ヒトがヒトでたり得た本当の故郷(星)は、地球よりも重力が弱く、体毛など不要な程に気候の変化も少なく穏やかで、容易に食べ物も調達できる所(星)だったのではないかという論説が、私には一番納得できたのです。ヒトはそんな星から何らかの理由があって移住してきたのか、あるいは一部が連れてこられたのか、はたまたその星では邪魔な存在になって追い出されてきたのか・・・。
私的には、今もって同じ人類同士で縄張り争いや喧嘩をしている姿を見ていると、その星ではあまりに粗暴で共存ができない生物種であるので、更に高等な生物によって淘汰され、一部マシな個体のみが「追い出される形でとりあえず似たような環境の地球と言う星に捨てられた」という説が一番信じられますけどね。

さて、皆様は、如何様に考えられますでしょうか?

PCモニターはカメラのセンサーと違うねんで。

テレビは今、4Kという高解像度の世界へ突っ走っている。更にその倍の超高解像度となる8Kでのデジタル放送もスケジュールされており、既に8K表示が可能なテレビもミリオン超えの価格を引っ提げて既に売られているという按配だ。ここで4Kとか8Kとか一体何ですか?という層も今もって結構いるかも知れませんのでちょっとだけウンチクとしてまとめておきますと、デジタル表示されている液晶テレビとかパソコン用の液晶ディスプレイって言うのは、虫眼鏡で画面を見ると良く分かりますが細かい■こんな点がたくさん集まって色んな表示がされています。この点の数が横×縦で幾つで構成されているかで解像度が決まります。その数が・・・
 
1)1K・・・1280×720(HD)または1920×1080(Full-HD)
2)2K・・・2560×1440(QHD/WQHD)
3)4K・・・3840×2160
4)8K・・・7680×4320
 
という呼称で呼ばれています。一般的には1920×1080のFull-HDとかHi-Vision(NHKの呼称)、あとは4Kとか8Kとかって言う呼び方が世間で通っていますね。ちなみに4Kと8KはどちらもUltra-HD=UHDという言い方があるのですが、1)と同じくややこしいので覚えなくて良いです(笑)。
唯一2)だけがWQHDと独立した呼称になっていますけど、この解像度のテレビってないんですね、PCモニターだけに存在する解像度なので2Kとはあまり呼ばれずWQHDという呼ばれ方がポピュラーです。
 
で、
今日は何の話かって言いますと、デジカメをやっていると切っても切れない縁となるパソコン、そのモニターについてのお話しです。
テレビ業界では、地上波で放送している解像度の関係上、今は1920×1080のFHD、4K、8Kの3種類しかあまり言われませんが、パソコン業界ではシネマスクリーンのように横長の物から、完全真四角の物まで、色んな解像度の物が発売されておりまして、まさにカオス状態です。(^_^;
かくいう私も初めて大型26inchのモニターを買った時の解像度は1920×1200というFHDよりも少し四角っぽい比率の物でした。その後パソコンに地デジチューナーが付くのが一般的になってくると1920×1080が主流になった為、私も2代目大型モニターはFHDの物を使っておりました。そして今般、色々と悩んだ末にLGから新しく出てきた31.5inchのWQHDのモニターへと買い換えました。
さてここで、

「時代は4Kなのに、何故今頃WQHD?」

って思った方が結構いるかも知れませんが、結論から言ってしまいますとパソコンモニターとしての4Kという解像度は、全く実用的ではないからです。今、パソコンモニターの買い換えを悩んでいて、自分の灯台元しか見えていない人に「4Kにしとけ」なんて言われてその気に傾いている方がいたら警告します。特別な使用目的がないのなら4Kだの5Kだのは止めとけ。無責任に4Kや5Kを進めているその者やブログや雑誌の提灯記事は、購入後にあなたが使いにくかったりしても責任なんて一切取ってくれませんよ~。
だってそうでしょ?そりゃあそうだもん・・・(死語)

モニターには「大きさ」と「広さ」という概念があるのです。
「大きさ」と言うのは、27inchとか32inchとかいう、いわゆるモニターその物の実サイズですね。
「広さ」は先述の解像度の事です。解像度が高ければ高い程、モニター上により多くの情報を表示する事が出来ます。Full-HDよりも4Kの方が4倍の情報を表示する事が出来る訳です。また解像度が高い為描写も細かくなります。

こう書くとじゃあ2Kよりも4Kの方が良いじゃないか・・・と思う人が案外多いかも知れません。実際に2Kよりも4Kのモニターを選択する人が多いのもそう言う心理が働くからでしょう。
しかしここで考えてみましょう。
同じ24inchの「大きさ」のモニターがあったとしましょう。一方は「広さ」FHDの1920×1080。もう一方は「広さ」4Kの3840×2160。だったとします。これで「あ」という文字を表示したらどっちが大きく見えますか・・・?
答えは簡単、前者のFHDのモニターですね。■が4倍大きいので面積比で4Kよりも4倍大きく映ります。私のように、年齢と共に眼もちょっとアレな感じになってきた方には前者の方が絶対に良いでしょう(笑)。いや、冗談抜きで。

パソコンって言うのはテレビと違って実際に画面を凝視して文字を打ったり、マウスでカーソルを動かしたりして、かなり細かい操作をします。なので極端な言い方をすればモニターの解像度全てをフルに使ってパソコンに表示されたボタンやスライダー等を操作する事になる訳です。モニターの解像度が高くなると言う事は、■が小さくなり、結果、表示される文字やボタン等が小さくなると言う事です。
それを解決するにはどうすれば良いか・・・。
これも簡単。モニターを「大きく」すれば良いのです。
FHDの22inchモニターと同じ大きさの文字表示を4Kでさせるには単純に面積比で4倍の「大きさ」のモニターが必要になります。ざっくりいますと44inch位の「大きさ」になってきます。横が97cm、縦が54cm位の液晶パネルになります。
もう一度言っておきますが、テレビは「動画を表示するだけ」の機械ですから、ある程度離れた場所から見る事が想定されています。パソコンモニターは「凝視して操作をする道具」です。だから実は液晶の種類からして似て非なる物なのです。
44inchの巨大モニターで22inch相当の文字表示の物を22inchモニターとほぼ同じ距離で操作する事になるのです。これって一般的にやり易いと思いますか。特に一般家庭で44inchもの大きさのパソコンモニターなんて設置したら、思わず吹き出してしまうと思いますよ。ちなみに今のモニターと同じ大きさの文字で表示したくて4Kモニターにした場合、何inchになるかは単純に2倍してください。24inchなら48inch、27inchなら54inchです。それ以下なら表示される文字は小さくなります。

しかしここで、反論が出てくるかも知れません。
パソコンにはXX倍という文字を大きく表示させる機能があるじゃないかと・・・。そうです。MACもあると思いますがWindows10なら125%(1.25倍)、150%(1.5倍)という全体的に大きく表示させる機能があります。
この機能を「スケーリング」と言います。
ただ高解像度だったのと、時代を感じたのと、お買い得だったという理由で4Kモニターを買ってしまった(愚かな)人は、このモードを活用しているかも知れません。
しかし、このスケーリングという機能は、言い換えれば4Kモニターを擬似的に3Kや2Kと言ったモニターの解像度に落とす機能なのです。もう分かりますよね。スケーリング機能を使う位なら、始めから4Kなんて買うなってなる訳です。要するに購入機種の失敗をした訳です。4Kモニターをスケーリングで1.5倍に表示させるよりも、始めから2Kモニターを買ってドットバイドットで表示した方が、どちらがスマートで綺麗かはちょっと考えれば分かる事でしょう。
これだけでもパソコンモニターで4K解像度は実用的でない事は理解出来るかと思いますが、更に言いますと、まだ殆どのビジネス向けのソフトウェアでは4K解像度に対応していません。つまり、ExcelやWordを開くと、上部のメニュー表示が小さくて読めなかったり、スライダーが細すぎてマウスで掴むのが難しかったり、とにかく操作その物が厄介になります。いままでかけなくてよかった老眼鏡やルーペを常用する事になるでしょう。結果「スケーリング」となっちゃう訳ですが、後はさっきの話の繰り返し・・・。w
実際に私は27inchの4KモニターでLightroomやIllustratorを操作した事がありますが、はっきり言ってやってられませんでした。
40inchで要約何とかって感じです。それでも大きすぎて首が痛くなるし、とにかく疲れます。
と、ここまで4Kモニターをこき下ろすと、必死のパッチで屁理屈反論をしてくるヤカラが湧いてくると思いますので4Kモニターが必要な一定の層の方の為に付け加えですがアピールもしておきます。
まずはゲームをする人。
最近のPCゲームは4Kやそれ以上の解像度に対応した3Dグルグルのすげーゲームが存在しますので、それを4Kモニターで高解像度を堪能しながらゲームの魅力を余す事なく堪能したい人には4Kモニターは有用です。あと、どうしても自分の写真を大画面の高解像度で見たい方。現像時の操作はさておき、50inch級のモニターをしてばーん!と細かい所まで見たい人ですね。あと、映像製作の(自称)クリエイティヴな人。60inch以上の超大モニターをして4Kや8K動画を製作し、Youtubeに上げて自慢したい人でしょうか(見る側はスマホ・・・)。つまり、自宅でもプロの真似事をして、プロの味に酔いしれたいというのが「一定の層」の方々です。そんなニーズに応えるのが4K(またはそれ以上の)モニターという事になるでしょう。
でもパソコンがゲーム専門の機械という層の方には、自称クリエイティヴな層よりも有用でしょうね。私的には一番理解出来ます。だって迫力あるもんね。プレステ4とかのコンシューマー機とは比較にならない程の解像度ですから没入感も相当な物ですしね。あくまで対応しているゲームの話ね。その代わり、それだけのゲーム画面をヌルヌルと動かすには、それ相当のパソコンの性能が必要になります。はっきりって市販のパソコンでは無理です。20万円そこそこのカスタム機でも無理です。30万円以上は出してください。結果的には50万円位いくと思います。超高解像度ゲームには超高性能なパソコンが必要になるのは当たり前の事です。たかが20万円の予算でそんなパソコンができる訳ないでしょ。プロのゲーマーさんのパソコンを知りなさい。
と言う感じです。

結局一般家庭で、一般的な使い方を行い、そこそこ高解像度で写真も見たいし、映像も見たい。という実用的な最高解像度は2K(2450×1440)が最適だと思います。「大きさ」は27inch以上あった方が良いです。出来れば30inch以上が最適です。私はFHDの27inchを長らく使っていましたので1.3倍の大きさとなる32inchを選択しました。それでも文字の大きさはやや小さくなりますが使用感はほぼ同じです。表示される情報量は2K解像度ですから約1.7倍です。FHDではやや狭かった「ながら作業」も難なく出来るようになりました。正直、とても使い易くて大正解でした。
しかし、一時はたくさんの機種があった2Kモニターですが、最近は4Kに押されて少なくなってきています。パソコンはテレビのようにデカければ良いと言う物でも無く、カメラのように高解像度でも良いという訳でもありません。あくまで人間が操作する道具ですから、人間工学に基づいた物が必要なのですが、機械優先のこの流れには一抹の不安を感じる次第です。

撮影用の手袋って・・・。

撮影用の手袋は何がいいか・・・。これって意外とよく聞かれます。
ちなみにググってみると、カメラメーカーとか写真用品のメーカーなどから結構色々と販売されているようですね。カメラマングローブとかシューティンググローブとかいう名称にもなっていて、なかなかその気にさせるネーミングにしている辺りは、マニア相手の商売上手な一面も垣間見るような気がします(笑)。
撮影時に用いる防寒用の手袋に対する考え方は、そのカメラマンの主観とか主戦場とか経験によって色々と意見が分かれる所なのは常の事なんだけど、私の経験からすると、1つで事足りると言う事はなくて、やっぱり撮影ステージによって使い分けが必要ですね。今日はその辺を書き留めてみたいと思います。
 
とりあえず私的に役立たずだったのが指先が出るタイプの物。軍手の指先部分をハネただけの常時5本指が出ている物などは論外で、釣り用の親指、人差指、中指が出ている物もよろしくないです。また、親指を除く4本の指先が出ており、それにフタをして指先を隠せるキャップ型の物もアイデアは認めるんだけど結局使いにくいので使い物になりません。って言うか撮影の度にいちいちキャップをしたり外したりって面倒でやってられないです。という訳で、某国のエージェント気分に浸れそうな指先が出るタイプの手袋は、撮影用としては買うだけ無駄な物だと思うのでここでは選択肢として外しましょう。これに反論する方は普段は冬でも余程温かい所で撮影しているんでしょうな。
 
気温が摂氏(冬場の話をしていますよ:笑)の場合は、柔らかい生地の手袋が便利です。私はディスカウントストアで売っていたのフリース生地の1000円手袋を使っています。もちろん指先まで包む物です。出来ればスマホが操作出来るように指先に工夫がされていると完璧ですね。要は外気を遮断するタイプの生地を使った柔らかい手袋がお奨めです。カメラ用として売っている物に拘る必要は無く、かえってディスカウントストア等の方が色んな種類やデザインが売られていて安くて実用的です。ネオプレーンやビニール皮革など防水加工がされている物も良いですね。要は外気遮断機能があり、柔らかくカメラの所持感と操作感がある物が良いです。面倒さを感じなければ、百均手袋のMとLを買って重ねるのも良いかもです。作業用の軍手や革手は防寒性はありませんので夏場には良いですが冬場はあまり使い物になりませんしインナーとしても使えません(経験済み)。
 
気温が氷点下になったり摂氏になったりと言ったステージでは、多少の硬さは犠牲になっても厚手の手袋が良いです。と言っても1つの手袋で解決しようとすると、操作の為や気温の変化で付けたり外したりと結構煩わしくなったりしますので、この時こそ先述の柔らかい手袋の上に重ねて防寒用の手袋をすると機動性は上がります。私は先述の1000円手袋の上に、これまた少し大きなサイズの表面が撥水加工され、中身がモコモコ生地の手袋をします。こういう中途半端な気温のステージでは雪が解けたりして周囲に水気が多かったりしますし、日が昇ると気温が上がって蒸れたりするからです。かと言って外すとかじかんでくるしね・・・。
 
気温が完全に氷点下で張付いている場合は、私はミリタリーショップで売っているロングタイプのグローブをしています。具体的にはロスコのエクストラ ロング INSULATED グローブという物です。大体2~3000円です。北海道の道北原野系など氷点下20℃前後の極寒になりますと1000円手袋をインナーにしてこのグローブをはめます。手首までではなくロングタイプにするのは少しでも冷気が入り込んでくるのを防ぐのと、寒さの一番の原因となる風から腕を守る為です。当然操作は大雑把な事しかできますなりますが、ボクシンググローブではなく、あくまで手袋ですからカメラを持つ、ズーミングをする、シャッターを押すと言った基本的な操作は全然問題はありません。それよりも指先がかじかんだり、手や腕を冷やしてしまう方が機動性が損なわれますし、凍傷などの危険も孕んできますので常時氷点下の環境下でのフィールディングやスポッティングには特に末端の防寒に気を配った方が良いでしょう。
 
いかがでしょうか。
撮影用の手袋だからといって必ずしもカメラ用品から探す必要はありません。要は何を目的に手袋を用いるのかの基本を考えた上で、自分に合った物を探ってゆけば良いと思います。私は上記の方法で九州から北海道の道北に至るまで全てのステージにおいて問題が発生した事はありませんし、それ程お金をかけてもいません。まぁ私のやり方は一つの私の答えであって結論ではありませんので、経験が導き出す答えをそれぞれで見つけていただければと思います。
最後にもう一度言っておきますが、指先が出る物は、特に氷点下での使用はやめた方が良いです。経験がない方は分からないかも知れませんが、氷点下での特にスポッティング撮影ではものの数分で指先が痺れてシャッターボタンを押している感覚さえ無くなってしまいます。そうなってから手袋をはめたり、キャップをしても感覚は復活しません(お湯に浸けるのよ)。結局使わなくなります。

あ、それをもう一つ。
シャッターボタンの上にホームセンターなどで売っている小さなクッションシールを貼ると、特に厚手の手袋の場合、シャッターボタンが押しやすくなります。併せてお試しくださいな。

Z6とZ7をまとめて触ってきたが・・・。

梅田にある某Y店に行く用事があったので、早々に所用を済ませて、ついでにカメラ売り場に立ち寄ってみた。さすがに名の通ったお店だけあってニコンのZ6もZ7もレンズを付けた状態で展示されていたので、遅蒔きながら私も初めてそのフルサイズミラーレスとやらを手に取ってみました次第です。
最初に驚いたのはシャッターを押すとカシャって音がするんですね~(笑)。当たり前と言えば当たり前なんだろうけど、よく考えてみると、どこで何が動いてこの音が鳴っとるんでしょうね・・・?
違和感の無いようにレフ機のシャッター音に似せた音を作り出して、電子音を鳴らしているのだとしたら余計なお世話だと思うのは私だけですかね?電子音でこの音を作っているのかと思ったら、なかなか凝った音なので私には少々笑えた。そんなにレフ機ライクにしなくても、独自の世界を作っていけば良い物を・・・。まぁどうせ無音とかも出来るんでしょうけど。
などと、チクチクと言ってもしょうが無いので最初に結論を言いますと、私には高すぎる玩具だと感じました。また、こういうのが今後の主流になるのだと思ったら、何だか悲しくもなってきました。ニコンのフルサイズミラーレスに限らずキヤノンもソニーも含めて、なんでこんなカメラが手放しに喜ばれているのか私には理解出来なかった。

でも、カメラという機械に於ける進歩も感じた。
フィルム一眼レフは、撮影して現像、焼付けしてみなければどう撮れているのかが分からなかった。
デジタル一眼レフになって、撮影して、すぐに画像として確認出来るようになった。
ミラーレス一眼になって、撮影する前に、どう写るのかが分かるようになった。
という進歩。つまり、カメラがミラーレスになるメリットは「撮影前にどう写るかが分かる」という、ここにしかないと私は思う。
電子ファインダーをのぞいて、リアルタイムに明るさやボケを確認しながらダイヤルを動かし、見ている撮像が気に入った物になったらシャッターを切る。これが出来るのはミラーレス機しかないからだ。つまり、操作法さえマスターしておけば、ド素人でも失敗はしないのである。それは画期的な事なのかと言われれば、実はそう言うわけでもありません。なぜならこれと同じ事は既にスマホが、もっと言うとガラケーが実現していたからだ。スマホでは紛れもなく撮れる画像をリアルタイムで見て撮影しているわけで、ミラーレス機のようなややこしい操作すらない。最近のスマホではその気になれば絞りや露出だと凝った事も出来るようになっている。シャッター音だって消す事もできるし変える事もできる。
要するに、フルサイズミラーレスという名の有難い名前のついたカメラは、単純に「スマホに一歩近付いたややこしいカメラ」という訳だ。もう少し穿った言い方をすると、「撮る前に結果を見る事が出来るややこしいカメラ」と言う事になろうか。申し訳ないがそれ以上でもそれ以下でもないと言うのが正直な意見だし、ここに異論を挟む余地もないだろう。レンズが交換出来るので、スマホよりも表現の範囲は格段に広がります。それはスマホよりも優れてはいるが一眼レフとは同じ。
何が言いたいのかというと、要するに、何を有り難がって「フルサイズミラーレスだ!」と買い急ぐのかが私には分からないと言う事です。ましてやレンズも変換器を使って昔の物を使っているともなると、いよいよ分からないです。そのまま一眼レフ使ってりゃいいんじゃないのかって思う。一眼レフで腕を磨いてきた人が、そんなに「撮る前に結果が分かる撮影」に拘りたいですか?って話。

一番印象付いたのはZ6の電子ファインダーを覗いたときでした。今から30年程昔に、ソニーがパスポートサイズと銘打って発売したハンディカムのファインダーを初めて覗いたときのノスタルジックな気持ちが蘇ってきたからです。若干のジャギを感じさせるファインダー像のデジタライズな動きもそっくり。違和感なんて感じませんよ。だってこの動きは今もスマホの動画モードで見ていますから・・・。けど、この先どんなにがんばっても光学ファインダーとイコールにはならないと思います。なるなら数十年も前からリーディングメーカーとしてカムコーダーを製作販売しているソニーが実現しているはずです。有機ELだ原子力だとやっても絶対に光学ファインダーとはイコールにはなりません。なるとしたらミラーレス機に光学ファインダーが搭載された時でしょう。しかしそれをやると「撮る前に結果が分かる撮影」はファインダー内では出来なくなってしまいますから、ミラーレス信者の人からすればあり得ませんね。つまり、イコールとはならない以上、光学ファインダーの存在理由は残る訳で、結果レフ機もそれなりにしぶとく生き抜いてゆく事になります。って言うか、私はもうずーっと前に、カメラとビデオは融合するって言ってますけどね。例えば、フルサイズセンサーを搭載したレンズ交換式の8Kビデオが出てきたら、フルサイズミラーレス機なんていらなくなるんじゃないの?パナソニックは密かにそこを狙っているように見えるんだけどねー。
 
そんな(私的には)撮っていて楽しいとは思えなかった完全電気仕掛けのフルサイズミラーレス機ですが、こんな事が出来たら面白いのになぁ・・・という機能を少しご提案しましょう。

<ネットワーク機能>
複数のカメラをWi-Fiでアドホックにつなぎ、撮像をリアルタイムに共有する機能だ。A、B、C、Dの4人で撮影に臨場しているとしよう。その4台がWi-Fiでつながっており、例えばAの見ているファインダー像がB、C、Dにも配信される。で、それぞれがAの撮影を高みの見物をする事も出来るし、個別のタイミングでシャッターを押して自身の写真にする事も可能という訳だ。主に教育用に使える機能かもしれないが、大人数で行くと逃げてしまう野鳥や動物撮影でも使えるかも知れない。電子ファインダーならではの機能だろう。

<VPN機能>
ルーターを介してVPNでスマホや離れた所にあるカメラと情報を共有する機能だ。上記のネットワーク機能の拡張機能と言っても良い。アドホックと違いインターネットを使うインフラストラクチャー形式なので、北海道にいる友人が今見ているファインダー像を、大阪にいる自分のカメラやスマホ、パソコンでも確認、撮影ができるという物だ。ファインダー像をコントロールする事は出来ないが、シャッターを切る事は出来るので、報道ステージでも役に立つ機能かも知れない。また、自宅のパソコンに撮影データを転送する事も可能にすると、メモリの残量を気にする事も少なくなるだろう。これらも電子ファインダーだからできる事だろう。

他にも色々と思いつけば有るがキリが無いのでとりあえずこの2つだ。今までのカメラに出来なかったのが、ネットワークによるカメラ同士の連携だ。ファインダー像から記録画像までが全てデジタルと言う事になると、それが可能になる。自衛隊の10式戦車ではないが、複数のカメラ同士が情報を共有出来るようにする事で、教育、趣味、仕事と色んな分野で実用的に使える幅が広がるのではないかと思われるがいかがだろうか。たまたまここを見たカメラ開発者がいたら私は何も言わないので「私が思いつきました」みたいにして是非企画書をぶち上げてみてくれ。すぐに他のメーカーも追随してくると思うぞ。笑

さいごに、
閉塞気味だった一眼レフ市場ではあったが、柳の下にたくさんのドジョウがいるのが見えたかの如く、一斉にミラーレス機へのシフトをした訳ですが、私ははっきり言ってこれはカメラメーカーとしての大きな賭けだと思います。なぜなら先述したように、ミラーレス機の最大のメリットは「撮る前に結果が見える撮影ができる」事に尽きるからです。少なくともブライダル関連などの一発勝負のプロカメラマンはそこに優位性を感じて乗り換えるのは間違いないでしょう。しかしそれは、スマホに一歩近付いたと言う事です。まだ分からない人に更に言いますと、スマホがRAW撮影出来るようになり、Lightroomなどでスマホ内RAW現像ができるようになると、この2つは殆ど同じ物になると言う事です。違うと言えばレンズ交換ができると言う事だけでしょうか。しかし、通常の撮影できる焦点距離の範囲をカバーしていれば普通の人は文句はないはずです。となると、最終的にはスマホが有るのになんでわざわざ数十万円もするようなミラーレス機を買って、仰々しい撮影なんかせなあかんねん・・・と、なる訳です。一眼レフ機にはプロ志向な部分が多くあり、そこにこそ所有欲を満たす物がありましたが、スマホに近いミラーレス機に、それらは私は殆ど感じなかったのです。だから20万円でも「高い」と感じたのです。正直Z6やEOS-Rを買うぐらいなら、スマホで充分と思いました。私が思うくらいですから、カメラに興味のない人はもっと思うでしょう。だから賭けなのです。私にはNikon1がダメでZ6やZ7ならOKという意味が分かりません。メリットに軽さを挙げたらα6000やEOS-MやNikon1の方が遙かに上でしょう。インスタの画像を見てZ7で撮った写真とNikon1のそれとの区別が一目で分かるとでも言うのでしょうか。ホント、ちょっと何言ってるか分かりません状態です。

結局カメラはどこに行き着くのでしょうか。
これを考えると、私は「全て後から何とか出来るカメラ」に行き着くと思っています。
例えば、絶望的にピンボケになった写真も、後からピシッとした写真に修正出来るとしたらどうでしょうか。
例えば、目の前の広大な風景全てを高解像度の画像としてお持ち帰りし、家に帰ってゆっくりお気に入りの箇所をトリミングして数枚の写真にできたらどうでしょうか。
例えば、一見黒一色の真っ暗な写真でも、明るさを持ち上げて違和感なく雰囲気のある写真に補正出来たらどうでしょうか。

これらの幾つかは、すでにやろうと思えばできますが、それなりに一工夫必要だったり、専用の機材が必要だったりします。が「全て後から何とか出来るカメラ」となるには、手軽にできなければなりません。それを可能にするのが8K以上のビデオカメラだと私は考えています。8K=3300万画素。現在の一眼レフ機の高画素機に匹敵する高密度な画素数です。このビデオは録画ボタンを押すと秒間30~60コマの連写を行います。当然全てを自動で撮影しますので、「全て後から何とか出来るカメラ」になり得る可能性を秘めています。ここまで来るとカメラで写真を撮るという概念その物が変ってしまうでしょう。そう、タイミング良くシャッターを切るのではなく、予め録画ボタンを押しておく・・・という撮影に変るからです。
それってスチル写真を趣味にしている人にとってはどうでしょうか?
撮影が面白いと感じる事は出来ますでしょうか?
電子音でそれっぽいシャッター音を鳴らせば楽しいのでしょうか?
それではまるでおもちゃのカメラで遊ぶ子供のようですね。
私には撮影という事に於いては可能性は感じる事は出来ますが、面白いと感じる事は出来ないと断言できます。そう、撮影がリアルタイムに分かり、更に後から何とでもなるようになってくると撮影その物のスタイルも変り、面白くなくなるのです。今回一眼レフ機を触ってきた人向けに開発され、今後本流にしてゆくというメーカーの決意も籠もっているのであろうフルサイズミラーレス機を触り、本来鳴るはずのないシャッター音が聞こえ、ジャギっぽいファインダー像を見た時に、私は撮影の新しい可能性を感じると共に、カメラがまた一つ面白くなくなったと感じました。面白いと感じられる撮影をする機械という点においては、デジタル一眼レフというカメラはギリギリのラインではないのかと私には思えたのです。これ以上はスマホの領域、その更に先はムービーの領域です。スマホもムービーも一眼スチルカメラには近付いてはいません。一眼スチルカメラが近付いていっているのです。私にはそんなカメラのファインダーの向こうに見える未来の景色は、あまり良い物は見えてきませんでした。

京都の古の暗黒?の歴史

京都。
いい所ですね~。
昔も今も、外国人にとっての日本の観光地ナンバーワンであります。それもそのはず、太古の昔に存在した古の日本の面影が、今も色濃く残っており、特に外国人に取っては一番日本という風土を感じる事ができる所となっているからだろう。それは日本人である我々も、京都というと着物を着て歩いても違和感なく溶け込む雰囲気など、どこか遠い昔の風情をDNAが感じ取って呼び起こされるからなのでしょうか、何となく京都観光をすると、まったりと落ち着いた気分になります。

そんな京都ですが、今からおよそ1200年もの昔、西暦794年に平安京という都(=首都)が置かれ、以後鎌倉幕府に至るまでの390年間という日本史上最長となる大時代を築いた頃がございました。学校の歴史の時間にならったであろう俗に言う平安時代と呼ばれる時期にございます。
この平安時代の京都という所は、一体いかなる所であったか・・・。
イメージ的には貴族が闊歩し、絢爛豪華で「雅」という文字が似合う感じですが、実は裏側から当時の「平安京」という都を見て行くと、これがなかなかカメラマン心をくすぐるというか、取材魂を揺さ振られるというか、非常に興味深い物を感じるのであります。今日はそんなお話。

京都の有名観光地で、京都で取り敢えず行ってきましたという名所を挙げますと「清水寺」「鹿苑寺(金閣寺)」「嵐山」なんてどうでしょうか。大抵の方は回られたと思うのですがいかがでしょう?
この3つの超有名観光地、昔の地名で言いますとこうなります。

1)清水寺周辺・・・鳥部野(鳥辺野、鳥戸野)
2)鹿苑寺~船岡山間・・・蓮台野
3)嵐山から北部・・・化野

平安京という桓武天皇が置いた都は条坊制と言われる街造りがされており、きっちりとした碁盤の目のように道路が敷かれた街になっていました。今の京都市よりもかなりこじんまりとした街で、中心の通りが朱雀大路と呼ばれ、これは現在も千本通として現存しています。北限は現在の今出川通よりも少し南。一条通りがクネクネと走っていますがそれよりも少し北辺り。
西は読んで字の如く西京極を通る縦のラインです。
南限は現在の九条通で、東は鴨川の正面通の所からの縦のラインです。この四角形の内側が平安京の街で、推定で約12~14万人の人々が暮らしていたとされています。この外側は「洛外」と言われ、現在は市街地になっていますが当時は周囲の原野原林の山へと連なる深い野原でありました。都という割には案外少ない人口のように思われますが、当時の日本の人口は、これも推定ですが500~600万人と言われていますから40人に1人は都に住んでいた訳で、そう考えるとやはり結構な密度であったと思われます。まぁ、この人口格差が地方の治安に影響し、次の鎌倉時代を迎える燻りになってゆくのですが・・・。
さて、この「雅」という文字が如何にも似合う平安京の街ですが、実際はどういう街であったかと言いますと、実は欠陥だらけのひどい街だったと推測されています。その最たる物が屎尿処理施設が皆無だった事。下水道はもちろん、汲み取りのシステムも無かったんですね。ではどうしていたかと言いますと、東西の河川が近かった者は川へ捨てに行っていたと思われます。南北限の者は洛外でしょう。しかし洛中の中心街に住む者は、目立ちにくい裏通りに捨てていたようです。これは現在の不法投棄と同じで、どこかで溜まり出すと人はそこに集め捨てるようになります。なので洛中の場所によっては屎尿の臭いが立ちこめていた・・・とされています。こりゃ溜まりませんね。(;゚ロ゚)
二つ目は、平安の時代ではまだお風呂という物が無かった。だから帝も貴族も庶民も皆、体中から垢が吹いているにも拘わらず、そのまま暮らしていたんですねー。これは女性の着物の内側から、白粉と呼ばれる、いわゆる垢がたくさん付着していた事から推定されています。なぜ風呂が一般的でなかったと言いますと、要は薪が貴重だったからです。その上お風呂の習慣も無かったからです。西洋でもお風呂が一般的になるのは近代に入ってからですから、裸の付き合いというのは実は割と新しい文化なのです。
そして、三つ目が遺体処理施設がなかった事です。人はいつか死にます。現代では死者を敬い、丁重に葬儀を行い、火葬されて埋葬され、その後は縁ある者が墓参りもしますが、平安の世では死んだ者の遺体はそこまでの値打ちを見いだしておらず、どちらかというと呪いが移り、災いが自分に降りかかってくるという迷信が信じられており、忌み嫌われるものであったようです。そう、平安時代はまだ陰陽道や占いによって治政や行動をしていた時代だったのです。しかし貴族など高貴な身分の遺体は、お祓いが為された後に火葬され、それなりの墳墓に埋葬されていたようです。それらの遺構は現在の泉湧寺周辺にある墳跡に見る事ができます。しかし、そうではない者の遺体はどうしていたかと言いますと、なんと当時の平安京では「風葬」が行なわれていたのです。
風葬とは何かと言いますと、要するに遺体を野原に捨て置き、風化するのを待つと言う葬儀です。先ほども言いましたが薪は貴重な物でした。なので一般庶民が薪を使って火葬するなどあろうはずも無い事だったのです。土葬にしても穴を掘るのに人手がいりますのでこれもお金がかかります。一番リーズナブルで手軽な方法として風葬という方法が一般化したのだと思われます。その遺体葬送の場所として平安京では洛外となる鳥辺野、蓮台野、化野の三カ所とされていました。そうです、先に出てきた現在の超有名観光スポットと微妙に重なるのです。興味深くなってきましたねー。

先の三カ所は、京都の三大風葬地とも呼ばれている所で、現在もか大きな墓所があったり、寺院があったり、火葬場があったりするので、地元京都の人なら大抵の人は知っています。では順番に見ていきましょう。
 
1)鳥部野
「とりべの」と読みます。現在の清水寺から南の泉湧寺辺りまでの阿弥陀ヶ峰の麓一帯です。現在の五条陸橋辺りまでの北部は一般庶民の風葬地で「鳥辺野」と呼ばれ、南部は高貴な人達の葬送地で「鳥戸野」と呼ばれました。その総称が鳥部野というわけです。読み方はどれも同じです。
平安京中期以降では特に左京が栄えていたため人口も多く、一番大きな風葬地であったと思われます。葬送者は荷車に遺体を乗せ、当時の五条通であった現在の松原通を通って洛外へ出、鴨川を渡り、六道の辻と呼ばれるあの世とこの世の交差点を越えて、阿弥陀ヶ峰へと続く林野に遺体を捨て置いていたようです。そのうち山裾まで持って行くのも億劫になった者が、手前に捨て置くようにもなり、ついには鴨川縁にまで遺体が捨て置かれるようになったようです。現在、轆轤町と呼ばれている辺りはドクロがゴロゴロしていた為、江戸時代より前までは髑髏町と呼ばれていたと言います。また大雨で鴨川が氾濫すると、遺体がそこら中に散乱したとも・・・。あまりに無情な惨状だったため、音羽の滝に祠を造って死者を祀ったのが清水寺の始まりとされています。ちなみに、鳥辺野では遺体を木に括り付けて鳥に食わせて葬送を行う「鳥葬」も行われていた事から「鳥辺野」と言われていたようです。清水寺の横にある大きな墓地は、当時捨てられた無縁仏を祀る所でもあります。また清水寺が舞台と呼ばれている高床式の造りになっているのは、遺体の腐臭がキツかったためと言われています。なお、舞台から投げ捨てていたというのは諸説あって私には分かりませんでした。
 
2)蓮台野
「れんだいの」と読みます。
一般的には船岡山から紙屋川(現在の天神川)に至るまでの北西一帯の地域で鹿苑寺は含まれないようです。
千本今出川の少し南にあった平安京の北限から洛外に出て、千本通を更に北進すると閻魔前町に着きます。読んで字の如くここからが死者の世界との境目とされていたようで、その先は蓮台野へと一直線に道が続いています。現在では北大路の更に北の方までが市街地になっていますが、当時は原野が広がっており、風葬地以外の一帯では貴族たちの遊猟場であったり薬草の採取場にもなっていたようです。とりわけ紫の色粉が取れる植物が群生していた事から蓮台野を含む広範囲な場所を指して「紫野」と呼ばれるようになったと言われていますが、これも諸説あるようです。
しかし、貴族の遊び場が風葬地と重なるというのは、私的にはどうも合点がいかないんですね。陰陽道や占いを特に信じていたのは貴族であり、遺体を不吉な者として洛外へ捨て、生ける者の近づく場所ではないという風にしたのも貴族が主体です。その貴族たちが蓮台野に近づくような事をするでしょうか・・・。これは私の推測ですが、風葬地として指定したのは実はきぬかけ山(衣笠山)だったのではないでしょうか。現在の大文字山から鹿苑寺を含む衣笠山一帯です。しかし、いつしか民衆はその手前の紙屋川辺りで捨て置くようになり、蓮台野が形成されたのでは無いかと言う方が、鳥辺野の例を踏まえても自然な感じがするのですが、いかがなもんでしょうか。
 
3)化野
「あだしの」と読みます。
嵐山から北へ徒歩20分ほど歩いた鳥居本と呼ばれる一帯です。現在の愛宕街道の辺りは遺棄された遺体がゴロゴロとしていたと言う事です。その余りにもはかなく無情な惨状を憂いた弘法大師空海が、散らばった遺骸を集めて土葬を行い、供養をする為に建立したのが「化野念仏寺」の始まりとされています。現在でも夏に千灯供養と言ってたくさんのろうそくを灯して8000体とも言われる無縁仏を供養する大祭が行われています。しかし、このお寺の周辺だけに遺体が捨て置かれたと言う訳では無く、私の推測ですが、恐らく現在の愛宕街道周辺の山肌、鳥居本から嵯峨野一帯に遺体がそこかしこに捨て置かれていたのでは無いかと思われます。
ところで、私的にはこの化野という風葬地が三大風葬地の中で一番奇異な存在に映るのです。と言うのは、鳥辺野には六道の辻、蓮台野には閻魔前町と言う風に「あの世への入り口」があるのですが、この化野だけはその入り口の言い伝え(情報)が無いのです。ただ漠然と化野念仏寺周辺に、遺体を捨て置いていたという事だけなのです。しかも地理的に見ても蓮台野へ行けばいいんじゃないのか・・・と思わされる程に、化野だけが平安京の西端から結構離れているんですね。しかも、どこを通って化野へ捨てに行ってたのかも私的には謎です。新丸太町通は当時はあったのでしょうか。とにかく一番謎が多い風葬地なのです。それ故か、今も一番寂しい雰囲気が漂う所でもあるのです。当時の都の民は遺体を荷車に乗せて、どこから洛外へ出て、どのルートを通って化野の風葬地へと運んだのでしょうか・・・。それが今の私の一番の謎なのです。謎があると興味も湧く訳で、何かと一番足を運んでいるのも化野だったりします。
 
いかがでしたでしょうか。
京都の裏側の歴史の数々。特に1200年前に風葬地として存在していた場所が、今も色濃く面影を残していると言うのもとても興味がそそられないでしょうか。平安京の話に戻りますと、実は屎尿の他にも遺体でさえも風化するほどまでに洛内に転がっていたという事です。それほど迄に人の死という物が忌み嫌われていた時代だったんですね。故に平安京の街は異臭と疫病が漂う「雅」とはほど遠い汚濁の街であったという説が有力です。
ちなみに京都で「野」が付く地名は、大なり小なり葬送の場所であったと言われています。とりわけ「風葬」という現代では奇異な葬儀方法が、この日本のかつての首都で当たり前のように行われていたというのが、取材心を擽られるんですね。私は「風葬」とは言っているものの、実際は遺体を「忌むべき物」として、単にうち捨てていただけでは無いかと考えています。それほど迄に人の死に対する尊厳も値打ちも無かった時代、それが平安時代という時節なのかな・・・等と思いを巡らせてしまいます。そんな自分の想像がどこまで当たっているのかを確かめるべく、近いうちにこの三大風葬地を、その視点で巡ってみたいとも思っています。

イージーカバーのよろしくない点を改善

先日ここに書き記したイージーカバーというシリコン製のカメラ用保護カバーであるが、使っているうちにどうしても妥協できない点がこのD500用で2点程出てきた。ちなみにイージーカバーとはこの黄色い部分の保護カバーです。
ファイル 108-1.jpg

妥協できない点は以下の通り。

1)カバーの自然圧でAF-ONボタンが押しっぱなし状態になる事が多々ある。フリーズ状態になるので肩液晶の下部分をムニっとやって圧を取ってやる事頻繁。

2)L型プレートなど大きめの三脚雲台用プレートを使うと、イージーカバーが干渉してしまう。

上記2点だ。1)については相変わらずムニっとやって解除している。シリコン製なのでそのうち変形して・・・って言うのがほぼ無いんだなこれが。だから何か対策を考えないといけないがとりあえずムニっとやって凌げるので放置。
深刻なのは2)の方だ。
ファイル 108-2.jpg
イージーカバーを付けたD500の下回り、ちょっと見にくいがこんな感じになる。私は現在、全ての三脚及び一脚に、雲台の種類を問わずアルカスイス互換のクランプを付けており、当然対応する互換プレートを取り付けて三脚に固定しています。このプレートがイージーカバーと干渉しないような50mm四方位までの小さな物なら問題は無いが、L型プレートや100mmクラスの物になるとプレートとカメラの間にイージーカバーを挟んで固定する事になるので、しっかりと固定できず、撮影中にプレートがずれたりしてしまうのだ。実際に夜景の撮影で知らないうちにプレートが滑ってカメラが動いていたようで、ブレた写真を量産してしまうと言う失態をもたらされてしまった。ちなみに50-150mmや150-600mm等の三脚座が付いたレンズに関してはレンズサポーター(SPT-2)を使うのでカバーとは干渉しないので問題は無い。
私は普段からカメラ保護にもなるし、いつでも三脚に載せられて便利なのでD500にはL型プレートを常時付けているので、この点の解決をしなければならなくなった。
一番早い解決方法は、イージーカバーを使わない事だが、それは解決と言うよりも逃げている感じがするので、私のスピリッツが許さない(笑)。やはり真の解決は、

イージーカバーも使う!
L型プレートもしっかり付ける!

と言う事に尽きるだろう。ちなみにイージーカバーは、なかなか良い物なのに巷での評価は思ったよりも低く、イマイチ人気が無いような気がするのは、こういう痒い所に手が届いていないからではないだろうか・・・という気がしないでもないので、今回は割かし簡単に解決できる方法を考えて実行してみた次第である。
 
先ほどの写真で下回りを見ればすぐにお解りになるように、要するにプレートとイージーカバーが干渉するのがよろしくない原因なので、イージーカバーの厚みをクリアするようにスペーサーをかませれば良い訳だ。
これまた安直な方法だと、エツミのE6599と言ったカメラ用の止めネジをスペーサー代わりにする方法がある。実際それでOKだと思う。実際に私も似たような物を持っているのでやってみたが、何だかスマートじゃ無いんだよね。厚みがありすぎて大層な感じになるのと、持ち歩くと邪魔ウザい感じになります。またL型プレートの受け役としてはやや面積が小さくて頼りないです。シャッターブレとか簡単に起こりそうで納得できないんですよね。正直あまりオススメじゃないです。やはりしっかりと大きな「面」でL型プレートを受け止めるような、それでいて目立たないスペーサーが欲しい。
アコーディオンドアの受け金具に穴を開けて使うとか色々と考えましたが、結局私がとった方法は、アルミ板を使って自作するという方法だった。
イージーカバーをクリアするように定規で大きさを図るとこんな感じの設計図になった。
ファイル 108-5.jpg
自分流の設計図なので、汚い字と分かり難さ満開で申し訳ないが、35×55mmのプレートに斯様な場所に6.5mmちょいの大きさの穴を開けると言う物。一番気を付けたのは厚み。スペーサーだから当然だが、イージーカバーの厚みは2mmある。なので2.1mm以上の厚みがないとクリアできない。かといってあまり厚くし過ぎるとL型プレートの止めねじがカメラに届かなくなって固定できないというアホな事になる。ホームセンターへ行くと既製品のアルミ板には結構な種類があったがL型プレートのネジの長さを考慮して2mm厚のアルミ板(15cm四方)と1mm厚のゴムプレートを購入した。2つ合わせて1000円ほどの買い物になった。
設計図通りにアルミ版にカッターで書き込み、金のこでギコギコと切り取り、サンドペーパーでバリ取りを行い、プレートのカメラ側面にゴムシートを両面テープ(普通の紙両面でOK)で貼って完成したのがこれです。
ファイル 108-3.jpg
あまり器用じゃないので、出来上がりはこんな無骨な物になっちゃいましたが、イージーカバーを微妙に躱してくれています。厚みは3mmでOKだったようである。ちなみにカメラとこのスペーサーを両面テープで固定してしまっても構わないが、カメラ側には銘板やバッテリーグリップの接点カバーなどがあるので、あまりオススメはしない。っていうかゴムプレートがそれなりに密着して張り付いてくれます。紛失の可能性は否定できないが充分です。

で、L型プレートを装着してみた。
ファイル 108-4.jpg

おおおー。
ネジもきちんと届いたし、がっちりと固定できるようになりました。実はこのL型プレートのネジですが、少し長くてカメラ直だと少し浮いてしまうのでワッシャを噛ませていたんですが、その必要も無くなったのも嬉しい。相変わらずバッテリーの扉には干渉してしまうが、とにかくこれで今まで通りに使えるし、イージーカバーの保護機能も生かされました。(^^)
 
ところで、このL型プレートであるが、これを使うと三脚使用時の機動性は確実にアップします。画角を縦にしたり横にしたりするのに雲台の操作で行うよりも、カメラをクランプから外して装着し直した方が水平を取り直す必要も無く、また同じ操作で画角を決め直せるので圧倒的に早い。今は軍艦も戦車も素早く動いて素早く撃つ(撮る)時代だ。撮影とて同じ事。フィールドでの三脚撮影での機動性については後日述べたいと思う。