この事件については、ワイドショーやネット速報などでちまちまと情報を見聞きしていたので、刑法上の罪の考え方とか、民法上での審判の考え方について件に当てはめて書いていましたが、詳しい時系列をようやく知る事が出来たので、もう少しまとめて書いてみたいと思います。なるほど、詐欺罪が成立するのではないかと言う弁護士の橋下元大阪府知事の言う事も理解できます。(私は異論がありますけど)
4630万円のネコババ事件の時系列は以下の通りのようだ。
1)4月8日、阿武町の職員が4630万円をAの銀行口座に全額を送金してしまった。
2)すぐに誤送金と気付いた為、職員はAに電話で連絡を取ったが連絡が取れなかった。
3)朝9時50分頃にAの自宅に訪問した所、Aが寝起き姿で玄関口に姿を現した。
4)職員は4630万円が誤送金によってAの口座に入ってしまった事を説明し、Aもそれを確認した。
5)職員は事情を説明して銀行に同行して返還の手続きをお願いした所、Aは「風呂に入るので1時間欲しい」と一旦家内に引っ込んだ。
6)その後、銀行に同行したが到着後「やはり今日は手続きをしない、そう言う気分じゃない。後日、その旨の公文書を郵送して欲しい。」と言い始めて、結局そのまま引き返す事になった。
7)引き返す道中でAは「ここで良い」と途中で車を降りてしまった。
8)その後、Aとの連絡が途絶えてしまった。
9)4月21日、本人に連絡が取れず、居留守を使われたりしているのか昼間は応答が全くなかった。
10)同日夕方、職員が自宅を訪問するとAが野外でたばこを吸っている所に遭遇して、要約Aとの接触が出来た。
11)そこでAは「お金はすでに動かした。もう戻せない。犯罪になる事は分かっている。罪は償う。」と職員に言った。
12)実際にAは誤送金の発覚日に60数万円、1週間後に2000万円と動かしており、2週間の間に4600万円を国内の2銀行に動かしていた事が判明する。
13)Aは金の使い道について、数社のネットカジノで全部使ったとっているらしい・・・
以上が事の始まりと、現在の経緯のようです。
さて、私のここ最近の日記を読んでくださった方なら、占有離脱物横領罪、窃盗罪、強盗罪、詐欺罪等の判定ポイントがある程度分かっておられると思いますので、自分が検察官だったら何の罪で起訴するだろうか。被害に遭っている阿武町には申し訳ないですが、刑法上の観点からすると、一般人にとっては凄く勉強になる事例だったりするのだ。
多くの弁護士さんは「詐欺罪」の成立を主張しているようですが、私的には確実に有罪を取るなら「窃盗罪」ですかね。
ではなぜ橋下元大阪府知事を始めとする多くの弁護士さんが「詐欺罪」を主張するのか。ここについて紐解いてみたいと思います。
詐欺罪の成立要件には必ず相手を騙す「欺罔」という過程が必要である事は先日の日記で書いたとおりだ。その他にオプションとして「金品を被害者の意思で引き渡す」という要件も必要となる。オプションと書いたのは、私は「欺罔」した時点で詐欺既遂を唱える論者だからです(すいません、ややこしくて)。
この詐欺罪を件の時系列に当てはめて考えるとAが「欺罔」を働いたと考えられるのは5)と6)で、銀行まで同行までしてくれて公文書でとまで言っているのだから職員は「この人はお金を返還してくれる」と思ったと推察できる。しかし実際にはその後連絡が途絶して、次に会えた10)11)で、既に金を使い込んだと言われ事実上の返還拒否の旨を告げられてしまう。これだとAを多少なりとも信用していた職員は、後日豹変したAを見て「しまった、騙された」と思ったに違いない・・・という推察から多くの弁護士が「詐欺罪」を主張するに至っているのだと思う。
しかし、
私に言わせれば、これまた多くの弁護士が論調しているオプション(詐欺既遂となる要件)の「自分の意思での金品の引き渡し」の過程が「欺罔」行為の後に無いのである。弁護士は屁理屈を唱えるのも達者なので恐らくは
「欺罔と金品の引き渡しの時系列は関係なく、この件では1)の時点でオプションが成立している」
とでも言うのだろうと思うが、私はそれこそ論理破綻していると思う。
被害者が詐欺師に、無言でお金を渡して、その後返してくれないのは騙し討ちだ詐欺だ、と騒ぐなどマンガでしかないし、現実ではあり得ない過程だ。やはり詐欺罪は「欺罔」→「金品の引き渡し」の順番過程が必要と思われるし、刑法もそれを想定して設定されているはずだ。つまり詐欺罪は過程的に成立しない事になる。
ただし私のように「欺罔」行為だけで詐欺既遂と判定する場合は5)6)の時点で「詐欺罪」が既遂として成立しているととらえる事ができる。ところが、私的にはやはり金品の引き渡しが「欺罔」の後にない以上は、職員がAに騙されて金品を詐取されたとは言い難いので詐欺罪自体が成立しないと判定してしまう。
そこで以前にも言ったように、Aが誤送金だと知った上で「ネコババして使い込んでいる=金を自分の占有下に奪い取っている」という事実を重視して所有者の意思に反して占有を奪い取る犯罪である「窃盗罪」の成立が一番しっくりくると思うですが、どんなもんでしょうか。
ちなみにもし、職員が気付くのが遅く、Aの方が大金の振り込みに気付いてこれぞねずみ小僧か天の恵みと使い込んでいたとしたら占有離脱物横領罪だと思うが、時系列ではこの罪形は2)の時点で消えていますね。
と言う訳で私は窃盗罪派です。この後、警察はどのような捜査を行って書類送検を行い、検察は何の罪状で起訴するのか、或いはしないのか、注目してみたい事件です。
<窃盗罪>
刑法235条
他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
<詐欺罪>
刑法246条
1,人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。
2,前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
<占有離脱物横領罪(遺失物等横領)>
遺失物,漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は,1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料に処する。
※刑法で言う懲役、罰金、科料には全て前科がつきます。科料に似た「過料」と言うのがありますが、これは国や自治体など行政機関が執行する罰で財産の差押えがきますが前科はつきません。交通違反の反則金(青切符)は刑事告発前の警告制度でどちらにも属しません。
※当方は弁護士ではありません。あくまで個人的な見解に基づいてこれらをエッセイとして書いております。法律相談などは一切受けておりません。また、当日記を参考に行動を起こされ、不利益を被った場合であっても、当方は一切関知いたしませんので、そのつもりでご覧ください。実際の法律相談は、弁護士にご依頼ください。