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詐欺罪とな!?

昨日は、誤送金されてきた4630万円をちょろまかした人間が、どういう罪に問えるのか、その大金の行方はどうなってゆくのかを、法律点から考察して私なりに予測を立ててみた訳ですが、今日、ワイドショーを何気なく見ていると、この事件に関して「詐欺罪」が成立するのではないか?という話が出てきており、私的には少々驚いたので、今日は刑法で言う「詐欺罪」と言う物をテーマに考察してみたいと思います。
日本の刑法の中で謳われている「詐欺罪」の条文は246条にあり、以下の通りである。
 
第二百四十六条 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

サクッと説明すると、一項では詐欺罪の成立要件と量刑を定めており、二項では自分が利益を得ても、他人に利益をもたらしても同罪である旨を謳っている。テーマ的にひもとく必要があるのは、やはり一項の方だろう。
詐欺罪とは、世間的に分かりやすく言うと、人をあの手この手で騙くらかしてその者から金品を奪取する事だ。近頃ではオレオレ詐欺や交付金詐欺などと言う犯罪も多く流行っているので、何となく多くの方も理解しているだろう。
しかし刑法で言う詐欺罪の成立要件というのは、実は「奪取する」の少し前段階の「人を騙して・・・」という過程で成立することになっている。これを法律用語で「欺罔(きもう、ぎもう)」と言います。
欺罔とはググると分かるが「詐欺的行為で、相手に虚偽のことを信じさせ、錯誤させること。」です。
つまり、この「欺罔」という過程を踏むと詐欺罪は既遂となる。その後の金品を実際に奪ったかどうかは関係ないのである。詐欺師の皆さん?電話で嘘っぱちを言ってる瞬間から詐欺罪は成立しているんですよ~。ちなみに詐欺未遂とは相手を「欺罔」しきれず気付かれてしまった場合に未遂となる。更に言うと詐欺師が「欺罔」を犯している最中に相手に情が移ってしまい、何だか可哀想になったので「騙すを止めた」場合は詐欺未遂で公訴はされるが「中止犯」という事になり、これは刑法43条によって「刑が必ず減刑、または免除」される事になっている。中止犯は、駆けつけた警官に説得されたとか、通行人の邪魔が入ったので中止した等の場合には適用されないので勘違いしないように。

さて、少々話が横道にそれてしまったが、話を元に戻そう。
詐欺罪の成立要件には、犯人が「欺罔」という過程を踏んでいなければならない。日本は法治国家なので条文にある以上は、これは絶対条件だ。では、4630万円のネコババ事件に当てはめて考えてみよう。
さて、
A(昨日の続き、ネコババした本人の事)は、一体どこで詐欺を働いた事になるのか・・・?
少なくとも、誤送金をした職員に対しても、阿武町に対しても「欺罔」という騙くらかして陥れるような事は何一つしていないのだ。ではなぜワイドショーでは「詐欺罪」等という突飛もない罪状が話題に上って来たのか。これは実はAと阿武町(職員)との間に成立している罪状ではなく、Aと送金を請け負った銀行との間で「成立するのではないか」と言う話だったりします。
例えばAが4630万円ものお金が自分の口座に振り込まれている事をスマホ等で知り、早速その金を引き出して我が物にする為に印鑑と通帳を持って窓口へ行ったとする。当然それだけの額面となると、特に振り込み詐欺の多発している昨今なので、窓口の銀行員は「何かのお支払いですか?」等、Aに一言かけるだろう。そこでAは窓口で「何らかの嘘をつく」事になるのは推して知るべしだ。その嘘=欺罔によって銀行員を納得させ、大金を引き出したという事で「詐欺罪が成立」という事を言っている・・・と思われる。が、残念ながらAはこの金を引き出して動かすのに窓口は利用していない。つまりちまちまとATM等を使って引き出していたようなので、そうなると、私が思うにはAと銀行との間には、どこまで行っても「欺罔」という過程がないワケで、これに詐欺罪を当て込むというのは、それこそ風が吹けば桶屋が儲かるような話で欺罔をこじつけていく必要があり、公判では弁護人と検察官の間で裁判官を欺罔し合うような、まるで禅問答的な尋問合戦が展開され、恐らく担当検事もそんな予想をして「詐欺罪では法廷が維持できんよ」となる気がするのだ。ちなみに該当しない、とんちんかんな罪状で起訴すると無罪判決が下る場合があり、検察は赤っ恥をかく事になる。だから警察が書類送検をした後に、実際に起訴できるだけの証拠があるかどうか、どの罪状で起訴するかを吟味する権限を検察は持っているのだ。これを二次的捜査権と言い、かつてのキムタクのドラマでも松たか子さんと組んで証拠集めの捜査をしてましたね。
それはそうと、詐欺罪の成立要件として「不作為の欺罔」と言うのも考えなければなりません。これはわかりやすく言うと、買い物をして釣り銭を多く受け取ったのに気付いたが、そのまま黙ってネコババした場合に成立する。つまり気付いたけど申し出なかった=不作為によって相手を欺いて不当に金品を授受したというワケだ。Aが銀行窓口でなくATMを使った場合もこれに該当するのではないかという説を唱える弁護士さんも出てくるかも知れないが、私はこれも無理があると思う。確かに、阿武町(職員)も銀行員も気付いておらず、Aは大金が誤送金されたのを申し出なかったと言う点で不作為の欺罔による詐欺罪が成立すると言えなくもないが・・・。ここは私如きが論説する箇所ではないのでやめておきます。と言うのも、この点については法曹の間で大論争が起こっている事案だからだ。でも私個人の考えとしては、この誤送金の事例を釣り銭の事例に重ねて詐欺罪に持っていくというのは、どうしても無理を感じます。だってAはATMの向こうに銀行員がいるとは言え、人外の物に「不作為」を働いたワケで、それってどうなの?って話になるんですよね。ま、これ以上はやめときます(笑)。

ワイドショーではもう一つ、ATMを使ってAがお金を引き出したのなら、電子取引何チャラとか言う罪に当たるのではないか等と議論をしていたが、私はこれにも該当しないと思う。Aはべつに電子取引のシステムを悪用して不当に金を手に入れた訳でもないからだ。
結局、やっぱり詐欺罪に持ち込むのはちょっと無理があるように思われますね。窃盗罪の疑いを持ちつつも、現時点で起訴できる罪状というのは「占有離脱物横領罪」という事になるのではないかと思われます。
う~む。聞くとこのネコババ犯、二十代の青年との事。本当にここまでの法律知識があっての狼藉なのか、或いは法律に詳しいバックがいるのか、私的にはやはりそこが一番気になります。

<追記>
詐欺罪の既遂と未遂の判断基準として、
1)金品の搾取が行われたか否か
2)上述のように欺罔行為を行い、相手が錯誤したか否か
で、諸説があります。多くの弁護士は1)を採用されているようですが、私が習った詐欺成立要件は2)でした。私は弁護士ではありませんが、法律を多少なりとも囓った者として、この考えは今も変わりません。なぜなら1)では詐欺師が既遂として逮捕されるケースが少なくなり、刑法246条の趣旨である善良な民の財産を保護するという目的は薄まってしまい、代わりに「実際に金品が搾取された訳ではないから良ろしかろう」という詐欺師という犯罪行為を生業とする者の人権を守る立法趣旨になってしまうと考えるからです。詐欺未遂と詐欺既遂、同じ罪の内容で起訴するのだから問題ないと考えるのは、被害者になる一般人に対する法曹の欺瞞という物だ。既遂と未遂では裁判官の心証も違う物となるし、被告人もしみじみとした弁解の余地も出来てしまう。下手をすれば中止犯を狙ってくる可能性もある。ただでさえ逮捕が難しく、起訴しても立証が難しい詐欺罪について、そこまで気を遣う必要は無いと思いますが、いかがなもんでしょうか。